私は天使なんかじゃない







詐欺師と水と死体





  非日常が顔を出してくる。
  混乱の始まり。






  一日目。
  ビリー・クリールの依頼……いや、厳密には市長のルーカス・シムズの依頼になるのか?……まあ、いい。依頼で俺はアンダーワールドに行くことになった。
  メンバーは俺様、ビリー・クリール、途中まではモニカ、そしてトロイだ。
  トロイは戦力外なので依頼金は発生しない。
  俺様に付いて行きたいんだとさ。
  ともかく。
  ともかく俺たちはメガトンを旅立った。
  旅をするときは重装備が規則なのかモニカは44マグナムとは別に中華製アサルトライフルを装備している。俺はそのまま、トロイは賊避けの刀と俺がボルト101からちょろまかした10oピストル。
  出発した時が既に夕刻だったので大した距離は進めなかった。
  初日はスーパーウルトラマーケットに宿泊。


  二日目。早朝。出発。
  聞けばスーパーウルトラマーケットはそもそもレイダーの巣窟だったらしい。虐殺何たらって奴だ。ボルトに突撃してきた奴の拠点だったらしい。
  それを優等生が追い払い、その後街のような感じになったようだ。
  現状、スーパーウルトラマーケットは独立はしているが、メガトンの管轄にあるんだとさ。あいつマジですげぇな。
  ここで旅の物資を調達。
  メガトンは急いで出て来たからあんまり手持ちの物資はなかったし。
  俺たちは東に進む。
  特に今のところ障害はない。
  優等生の部下のアカハナって奴が部隊を引き連れて街道を巡回している場面に遭遇した。
  俺も早くギャング団を作りたいぜ。


  三日目。
  昨晩はファラガット西メトロ駅の駅長室に泊まった。
  メトロの中はフェラルグールの巣窟だった。
  ビリー曰く、掃除しても掃除してもどっかから湧いて出てくるらしい。ラッド・ローチかよ。
  問題はなく突破。
  メトロを通ってDC廃墟に到着。ここでモニカが離脱。レギュレーターの任務らしい。よくは分からん。廃墟のビルで俺たちは一泊した。
  そして……。



  アンダーワールド。
  DC残骸の中にある、グール達の街。昔は歴史博物館とか呼ばれた場所だったらしい。今ではグール達の住む大きな街だ。
  来るのは初めてだ。
  とりあえずここで二泊中。
  宿泊場所はゴブのお袋さんのキャロルの宿に泊まってる。お土産も渡したら、ゴブも立派になったんだねぇと泣かれた。良い母ちゃんだと思う。
  ここで何をする?
  さあな。
  俺は特に何もすることはない。
  要はビリーがここに来れるように護衛するのが俺様の仕事だったってわけだ。到着した以上は仕事終了。なので俺はナインスサークルという酒場で飲んでる。帰りはまた護衛しなが
  らだが水の調査は俺は関係ないのでリラックスタイムだ。正確には水の調査はやらなくていいと釘を刺された。まあ、楽でいいけどよ。
  カウンター席でウイスキーを煽ってる。
  なかなか盛況な店のようだ。
  客が溢れてる。
  大半は、というか、限りなくグールだが、俺だけがヒューマンってわけでもない。見た顔が何人かいる。緑色のコンバットアーマーを着た奴が2人。タロン社の拠点を一緒に叩いた
  ライリーレンジャーの傭兵たちだ。名前は知らない。店に入った時、向こうは俺に手を挙げた。俺も挙げ返した。
  一緒に飲むかって?
  そこまで知り合いってわけじゃないし一人で飲んでる。あいつらも何やら延々と話してるしな。
  ライリーさんは、いないようだ。
  確か拠点がこの辺りだと前に聞いたからあの2人は補給がてら飲みに来たのかもしれない。
  トロイは宿でダウン。
  ここの食い物がどうも体に合わないようだ。
  「お代わりするかね?」
  スーツを着たバーテンが声を掛けてくる。
  ハーデン、いやいや、違うな、この店は昨日も来たからこのバーテンがオーナーなのを知ってる。
  「ああ。ウイスキーを頼む」
  「ほら」
  「あれがとな」
  コップに注がれるウイスキー。
  外の酒はうまいぜ。
  酒一つとってもボルトよりもうまい。
  「昨日も来たが君は何の仕事をしているのかね? その恰好からでは、よく分からん」
  「護衛の仕事出来たのさ」
  「傭兵なのか? そんなに軽装で?」
  「傭兵というかギャングだな」
  「レイダーか」
  「いや違う。ギャングだ」
  「……すまないが違いが分からないな。ああ、申し遅れた。Mrクロウリーだ。昔ここにいたアズクハルという前オーナーが不慮の事故で死んでここを俺が買い取ったんだ」
  「Mrクロウリーだって?」
  「俺の名前が何か?」
  「ケリィの仲間なんだろ」
  「ほう? あいつを知っているのか? あいつは今、どこにいる? 俺のパワーアーマーを無断で……いやいや、俺の貸したパワーアーマーをそろそろ返してほしいんだが居場所が分からん」
  「メガトンにいるぜ」
  「メガトンか。……ふぅん。今日は奢ろう、飲んでくれ。何か食うか? ……ほら、バラモンのサイコロステーキた。多少冷めているがこいつもサービスだ」
  「マジかよ。あんた良い奴だな」
  「いやいや。旧友の場所を教えてくれたお礼だ。奴にも別のお礼しなければならないな」
  サイコロステーキを食べる。
  確かに冷めてはいるがうまい。だがゴブの方がうまいかな。
  「ところで……あー、君は誰だっけ?」
  「ブッチだ。ブッチ・デロリア」
  「ブッチ、君の友人は何を調べているんだ?」
  調べるということはビリーのことか。
  別に教えても構わんだろ。
  「水の調査だ」
  「水?」
  「アクア・ビューらだっけか? そいつの運搬量を調べてるらしい」
  「そんなものはここには来てないぞ」
  「はっ? ビリーが言うにはここにも運び込まれているらしい。あー、つまりだ、誰かが横流ししたり意図的に止めたりして儲けてるらしいってことだ。最終的にはそれを調べるつもりなんだと思うぜ」
  「ふぅん。ご苦労なことだ。いずれにしてもここには届いていない。嘘じゃない。聞いてみればいい」
  「誰も嘘だなんて思ってないさ」
  「ははは。ブッチ、お前人間にしては良い奴だな。嫌いじゃないぜ、ほら、もっと飲め」
  「おっと、なみなみに注いでくれてありがとうよ」
  「そうだブッチ、エントランスに行ってみるといい。この街の入り口的なところだ。やたら広い広場があっただろ?」
  「ああ。それが?」
  「そこで水の不正売買があるぞ?」
  にやにやしながらオーナーは言う。
  不正売買?
  そいつは確かめなきゃだぜっ!
  

  
  エントランス。
  だだっ広い空間。特に何もなく、入った時はここも居住スペースにすればいいのにと思ったもんだが、今は違う。
  数十人のグールがひしめいている。
  木材で作られた簡素なステージの前で。
  何だ、こりゃ?
  「ちょっと」
  「ん?」
  白いスーツを着たグールが3人ほど人員整理しているのか、俺の手を一方的に引いてステージの前方に連れて行く。スーツのグールは俺をそこに配置してから元に戻る。
  観客ってことか、俺?
  何なんだ?
  「なあ、あんた」
  「ん?」
  今度は何だよ。
  肩を叩かれたから振り向くと、グール。レザーアーマーを着こんだグールだった。
  武装してる?
  他の面々は街の住人で、平服だ。となるとこのグールは警備の奴か、別の場所からここまで来た旅人ってことか。気付けばステージとはかなり離れた場所に、まるで小馬鹿にした
  ような笑いを浮かべているグールの一団がいた。全員武装している。5人だ。手にはそれぞれペットボトル。アクアビューラか?
  そして俺の肩を叩いたグールの手にも。
  「ヒューマンのあんたはここじゃ飲み水きついだろ。こいつ売ってやるよ、買わねぇか? アクアビューラさ。ちと値は張るが、うまいぜ。50キャップでいい」
  「……」
  横流しか、こいつらが?
  まあいい。
  確かにアクアビューラは癖になるうまさだと思うし、囮捜査的な感じで購入しとくか。尻尾掴む的な意味でもな。
  キャップをジャラジャラ。
  今回の護衛の仕事の報酬は前払いで1000キャップ。金はある。グールに支払う。
  「良い取引だった。ほらよ」
  「ああ」
  「この茶番が終わったら本格的に売るからよ、あんたも良ければ買ってくれや。特別に1パーセントほど割引してやるぜ」
  1パーセントかよっ!
  にやにやと笑いながらそのグールは他の連中をかき分けて仲間と思わしき連中のところに行った。
  何だったんだ、あいつ。
  受け取ったペットボトルのラベルを見る。アクアピューラと書かれ、何か色々と数字が羅列している。前に飲んだ時もこんな感じだったな、数字が違うのかもしれないが。
  蓋を開けて一口飲む。
  美味い。
  本物だ、これ。

  「寄ってらしゃい見てらっしゃいっ! 放射能を治療する潤いのセンセーション、アクアキューラをご照覧くださいっ! とにかくすごいんですっ!」

  アクアキューラ?
  アクアピューラじゃなくて?
  壇上に髪がフサフサの、スーツ姿のグールがペットボトル片手に叫んでいる。気付けば木箱が沢山ステージ上に置かれ、あの中にはペットボトルがあるのか?
  木箱の側には3人のスーツのグールがスタンバっている。実演販売でもすんのか?
  おいおい、何でステージにライリーさんがいるんだ、フォークスもいるぞ、何やってんだ?
  群衆の中にビリーを発見。
  向こうはこっちに気付いてないが、この催しを怪しんでいるようだ。
  「肩の力抜きなよ」
  「ん?」
  タバコを吸いながらステージを見ているグールの女性。泊まってる宿の食事担当のグレタだ。
  ステージではフサフサな髪の奴が高らかに叫ぶ。

  「効能が気になりますか? それはとてもシンプル。食事の際に一本飲めば確かな効果が現れます。とても簡単、アメージング・アクアキューラっ! さあお求めください。
  なお、在庫には限りがありますっ!」
  「買うぞーっ!」
  「ありがとうございますっ!」

  何だ、これ?
  グレタは楽しそうに笑った。会った時は冷めてる感じだったが、楽しそうに笑ってる。
  気付けば群衆もそうだ。
  笑ってる。

  「筋肉は衰えていませんか? いじめっ子にからかわれていませんか? 人気のない道を恐れる必要はもうありません。アクアキューラを飲めばグロッグ・ナックなんて目じゃないっ!
  男に一目置かれ、女にモテモテっ! 効き目は保証しますっ!」
  「マッチョになりたいーっ! 箱買いだーっ!」
  「ありがとうございますっ!」

  グロッグ・ナック。
  戦前の漫画に出てくる主人公だ。筋肉ムキムキの半裸のバーバリアン。。
  俺はそんなにだったが、優等生ははまってたな、そういえば。

  「振り向かせたい女性がいらっしゃいませんか? アクアキューラを彼女の飲み物に混ぜるだけ。次に目を止めた男性に、彼女のハートは奪われます。ただ、残りの人生を共に過ごす覚悟
  をしてください。何故なら彼女は一生あなたにぞっこんですからっ! 保証いたしますっ!」
  「やべぇ俺それ買うぞーっ!」
  「実は5分以内にもう一本お求めいただければ、なななななんと、無料でさらに一本進呈しますっ! さあご注文は今すぐっ!」
  「この商売人め、買うに決まってるだろーっ!」
  「ありがとうございますっ!」

  段々馬鹿馬鹿しくなってきた。
  何だ、これ?
  詐欺か?
  詐欺だな、うん、だけど……これ、詐欺か……?

  「髪を梳かすのを諦めたって? 残りわずかな髪が抜けるのが怖いですか? もう心配ご無用ですっ! 私のつややかな髪をじっくりご覧くださいっ! あなたもアメージング・アクア
  キューラで髪を取り戻せますっ! 効き目は保証いたしますっ! さもなければ返金いたしますっ! 今ならカツラとセットですっ!」
  「是非とも売ってくれーっ!」
  「ありがとうございますっ!」

  カツラとかゲロってるし。
  何だ、これ?
  グレタが囁く。
  「楽しいでしょ?」
  「詐欺か、いや、詐欺になるのか、これ?」
  「ならないわね」

  「金欠病の友達や家族がいらっしゃいますか? 心配ご無用。友人・ご家族紹介プログラムにお申込みいただくだけで、アメージング・アクアキューラのまとめ買いがぐぐっとお
  安くなります。さあ、ご注文は今すぐっ! お申込みは本日中にっ!」
  「紹介したい奴がいるんだっ!」
  「ありがとうございますっ!」

  「そもそもあいつは何なんだ?」
  「Mrグリフォン。まあ、詐欺師……というか、エンターティナーかしら」
  「分かって買ってるのか? その、詐欺だと知ってて?」
  「当然」

  「凄まじい口臭はグールにお馴染みの症状です。でも慢性ではありません。アメージング・アクアキューラさえあればっ! 朝、昼、晩に歯磨きして、アクアキューラでしっかり口を
  ゆすぐだけ。息は春風のようにさわやかになりますっ!」
  「キスの必需品だな、売ってくれっ!」
  「ありがとうございますっ!」

  「じゃあ何だって買うんだ?」
  「ここって基本的にキャップの流れが自己完結なのよ。巡り巡って、誰も損しない、誰も得しない。キャップの使い道がないから、こうして遊んでるってわけ」
  「遊びなのか?」
  まあ、詐欺ではないな。
  誰だって気付くだろ、この胡散臭さ。
  「要は全員が全員、こうやって楽しんでるのか? あの詐欺師だけ丸儲けってことか?」
  「グリフォンも全部終わったら、全員に奢ってお終い。大体使い果たすって結末」
  「アクアキューラって何だ?」
  「ただの水よ。ここの設備で精製した水。多少放射能があるけど、私らは放射能で死なないし。あんたらが飲んでも大した害はないよ」
  「へー」
  横流しじゃないのか。
  となるとさっきの奴らが怪しいな。
  「なあ、あいつら知ってるか?」
  群衆から離れてにやにやしてるグール達を指差す。
  グレタはまじまじと見て、首を振った。
  「知らない。この街の奴らじゃない」
  「……」
  また分からなくなった。
  横流しじゃないのかねあいつら。この街の人間ではないのであれば、横流しじゃないのか。少なくともこの街には水は下りていないことになる。
  あいつらどこで手に入れたんだ?

  「さあここでアメージング・アクアキューラの恩恵を受けた方々を紹介しましょう。フォークス、君はどんな恩恵があった?」
  「飲んだらこんなに逞しくなりました。ありがとう、アクアキューラっ!」
  「まさにアメージングっ!」

  ……何やってんだ、フォークス。
  楽しそうだが、何か違う。人生の楽しみ方が何か違う。

  「ライリー、君はどうだい? アクアキューラで人生は変わったのかい?」
  「少し前までグールだったけど飲んだら人間になりました。ありがとう、アクアキューラっ!」
  「まさにアメージングっ!」

  ……何やってんだ、ライリーさん。
  何か違う、進むべき方向性違う。
  ともかく。
  ともかく皆さん楽しそうで何よりだ、しかし、何か違うような……。

  「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」

  悲鳴が突然響き渡る。
  背後からだ。
  全員が注目する。
  さっきの余所者グール達が叫び、血を吐き、痙攣してその場に崩れ落ちた。
  転がるペットボトルから水が流れ出す。